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2020年3月28日(土)20時19分現在のメモ(タダシゲ)。

 

新型コロナウィルスの感染を防ぐべく2月20日から在宅勤務が推奨され、38日経った。
妻は里帰り出産の為、2月23日から鹿児島に帰省。

この二つが重なったことで、対面でのコミュニケーションが一切無くなり、
孤独な生活を送っている。

SNSで見る限り、在宅推奨になっている人でも飲みに行っている人は多く、
買い物以外でクソ真面目に家に籠っているのは僕ぐらいではないかと思った。

在宅開始当初は映画を好き放題見て、自分の好きな趣味に没頭していたが、
共有する人もいなくなってしまったので、ただ時間を消費するだけになってしまった。

当然、仕事にも身が入らず、仕事とはなんだろうかと変な自問自答ゾーンに陥り、
何度も友達と会おうか、実家に帰ろうか、迷いつつダラダラと時間が過ぎた。

オリンピックが延期になる前までは外出しても問題ない、むしろ「自粛疲れ」という言葉も流行りだしていた。

そして延期が決定した後、感染者が急激に増え、東京封鎖の可能性の現実味を帯びてきたのが今である。

 

 

3月14日、マスダとラジオ収録をした時は、感染者も多くなく、
高齢者以外には大きな影響が無いということで、自粛解禁になりそうな風潮もあった為、
子どもが生まれたら鹿児島へ行くべきだという会話をしていた(僕は状況によるだろうという話をしていたが、、、)。

 

収録から2週間経過した今、東京封鎖の話もあがってきている以上、
出産予定日の1週間後は、おそらく病院に入れてもらえないのではないかと、
そして、封鎖された場合は鹿児島に行く術もないのではないかと思う。

 

 

ただ、僕はこの状況を不幸だとは全く思っていない。
むしろ、運が良かったと考えている。

もし妻が里帰りせずに東京で出産する予定だったら、
毎日感染する可能性を危惧していたはず。

 

会えないのは寂しいけど、このリスクと比較すると大したことではない。
妻には申し訳ないけど、ご両親、子どもと共に頑張ってもらうしかない。

 

 

僕はどうすべきなのか、
無駄に時間を消費するだけで良いのか、
諸々決着するまで待つだけでいいのか、

 

それじゃ駄目だというのを「100日後に死ぬワニ」と「霜降り明星せいや」と「サラタメ」に気づかされた。

 

「100日後に死ぬワニ」からは、物語のクオリティによる影響は勿論だが、
完結後に語る作者の思いに、強く胸を打たれた。

僕は、自分の子どもに恥ずかしくないものを残せているのか、急に不安になった。

 

霜降り明星の「せいや」からは、「テセウスの船」最終話の演技、そしてそれにかけていた思いをANNで聴けて、
今を本気で生きている姿に心の底から感動した。

 

「サラタメ」からは自分の知見の狭さ、本から学ぶことの素晴らしさに気づけた。
「読書」と「筋トレ」は「風呂」や「歯磨き」と同じレベルで生活の一部にしなければならないと悟った。

特に「死とは何か」の回は素晴らしく、これを10分でまとめたサラタメさんの功績は大きいと思う。

死について考えることを避けがちだった自分を改め、
自分の死までの時間、妻の死、両親の死、兄弟の死、子どもの死、逆算して考えてみた。
家族が揃うことの貴重さ、あと数回しかないことを考えて生きなければならないことを思い知らされた。

 

 

コロナウィルスの話に戻るが、
ニュースで様々な情報が飛び交い、食い止めることが困難な状況に陥っているわけだが、
多くの人が「8割の人が問題ない」「高齢者だけが危ない」という認識でいると思うのだが、
そういう情報だけ伝えて自粛要請するのは、自粛するしないの選択肢が生まれるので、
シンプルに伝えるのが良いと思う。

 

 

「親に感染させても良いのか?

 

 

それだけで十分だと思う。

僕は引き続き通話可能な「精神と時の部屋」で過ごすことにする。

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