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且つて、「St Germain XXI」というサイトを運営していました。
大学に入学してから美術館によく通うようになり、様々な美術館、展覧会に足を運びました。
作品も買うようになり、段々と自分でも何かできないかと模索し始め、辿り着いたのが「St Germain XXI」でした。

バンクシーのような覆面性に憧れ、「St Germain XXI」という架空の概念を作成し、芸術を始めてみました。
「St Germain XXI」のコンセプトは下記です。

 

・魂の重さを21gとする
・21度目の彼が伝えたいことを
・Saint-Germainは不老不死とする

※ Saint-Germainは実態の無い集合体である。この集合体に可視性は無い。
※そして言葉を発することはない。

 

当時のコンセプト資料を観てみると目的が記載されていました。

 

 

『“自殺者を0人にすること”これが我々※の目的である。いつか滅びる者達へ偏った生を下記の3つの方法で提示し、生欲を高める。』

・アートで表現する → 作品を展示・販売する
・生きる術を知ってもらう → 情報交換の場を設立
・生を残す場を設立する → 表現する場の提供

死を表現することで生の喜びを表現する 生の喜びを表現することで死を表現する。
死と生は表裏一体である。この万物に平等なルールを利用し、不幸や絶望の中から生を見出す方法を提示する。
各々のパーソナリティを肯定し、もっと~たい(欲)。へ

 

 

何かそれらしいコンセプトでアートをやってみたかったんだとは思いますが、形は違いますが今配信しているネットラジオにも通じるところがあるのではないかと思います。

 

下記は作ろうとしていた作品案です。

 

①【絵画1】コーヒーバッグを仕入れて文言をドローウィング(制作中)

夜明け前のコーヒーには男女が一夜を過ごした証(metaphor)という暗喩がある。一見わからないテキストに性(生)を込めて、生きる喜びを表 現する。作成方法:コーヒーバッグはとあるコーヒー店で100円で売っているので調達。画材屋で額を購入し、青文字で暗喩されたテキストをドロー ウィング。コーヒーの香りスプレーで匂いをつけたら完成。

 

②【オブジェ1】フィギュアの塩漬け(制作中) 腐らせないように塩漬けにする。

今流行っているフィギュア(ガチャガチャ)を死海の塩で不老不死を表現する。作成方法:透明のアクリルケースの中にフィギュア一つと死海の塩をぎっしり詰めて接着剤で密封する。表の右下に青い筆で『21g』と記載。

 

③【インスタレーション】ミニ美術館 触れたら危険な場所に価値あるものを展示し、価値のないものに価値を生み出す。

・作成方法:50センチ四方のBOXの中に池と庭園を造る。その奥に絵画を設置。池の中に合法の毒物を流し、その上にアクリルボードを貼る。 夢はこれの建物を作り、奥にゴヤかベーコンの絵画を設置。池は深さ6m。

 

④【web1】ポスト Web上に後悔していることをポストするページ。

投稿されたものは24時間以内に自動的に削除される。FMラジオのようにポジティブな意見にす る必要はなく、ネガティブなまま肯定し、誰かに届ける。永遠に残るわけではないので遺書にはならない。

 

⑤【web2】究極の彼女と彼氏 愛とは何か。それは記憶していること。

彼氏彼女に対する好きなところ、嬉しかったことを書く場所。ポストすると我々に届き、取捨選択しテキス トを掲載。テレビや映画のように愛せない、もっと身近で可能な理想を魅せる。

 

⑥【音楽+写真】ノイズ・歪 意味深な写真を1枚撮影。

時事ネタを含めた歪みきった点を揶揄する音楽を添える。 ゆくゆくは360度で撮影し、バイノーラル音源でノイズミュージックで表現。

 

結果的に②と④のみ作成することができたのですが、『完成』とは何か、『継続する』とは何かがわからなくなり、頓挫してしまいました。自分が好きだと信じてやってみたものの、理想はあるが、いつかやろうと後回しにしてしまい、結果的に何もしなくなってしまいました。何が何でもやるんだという意思を貫くのは中々難しく、普段の生活に揉まれながら時間と共に精査されていき、最終的にたどり着いたのが、ラジオだけでした。適材適所、それで良いのかわかりませんが。

 

②の写真が残っているので掲載します。タイトルは『Cloned eggs』です。

 

 

また、「St Germain XXI」のイメージをイラストレーターのほしさんに依頼して、3枚も描いていただけました。僕のイメージ通りの絵になったので大変感謝しております。

 

アートとは何か。

小学校、中学校、高校の長くとてつもなく暇だった頃に巡り合っていたら、もっと打ち込めたのでしょうか。

それぐらいの熱意であれば、どのタイミングでも同じことだったのでしょうか。

今配信しているラジオはアートになり得るのでしょうか。

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